〈書評〉『悪魔を出し抜け』誰も教えてくれない性の話

こんにちは、クソまじめオナ禁ブロガーのイケユウです。

今回は、最近読み終わったナポレオン・ヒル作の悪魔を出し抜けという本について。

率直な感想として、「何じゃこの本は!」ってなりました。内容が凄すぎてびっくりしました。

この本の原稿が書かれたのは1938年、今からおよそ80年前です。

そんな昔に書かれたものが、2011年というごく最近の年に世に出されました。

その80年前に書かれたこの本が、今の社会の現状をこうも見事に言い当てていることに驚きました。

 

今回はこの本に載っていた性についてのことをテーマにブログを書きますが、他の部分もとても深い内容でした。

自己啓発本の1つとして持っておいて、なんら損はないかと思います。

 

ちなみにこの記事、8585文字という恐ろしい文字数になったので、休憩をはさみながら読むことをおすすめします。

 

性についての考察

ここからは、ヒル博士と悪魔の対話を引用しつつ、僕なりの性についての考察を述べていきたいと思います。

ちなみに『悪魔を出し抜け』はヒル博士が悪魔との対話を通して、成功哲学とは何かを導いていく形式です。

ヒル博士と悪魔との対話とはそういう意味です。

 

性衝動をコントロールするには

悪魔: 単純なことだ。性の衝動を性行為以外の活動に転換すれば良いだけだ。性の衝動は人間を刺激する力の中で最も強力なものだ。だからこそ、同時に最も危険な力ともなる。

性衝動は人間なら誰もが持っている基本的な欲求です。それは止めることもできないし、排除することもできない。

ムリに止めようとすれば、それはいずれ悪い形で発散されるだけです。

性衝動をコントロールするには、その強い衝動を違う活動に転換すること。

実際僕も、これ以外に性衝動をコントロールする方法はないと感じています。

 

好きなことを見つけ、とことんそっちにシフトしていく。本を読みまくって、どんどん色んなことを吸収していく。

人との関わりを通して、色んなことを経験していく。筋トレをして、精神的にも肉体的にも強い男になっていく。

こういった違う活動を通してしか、性衝動をコントロ-ルし転換することはできません。

 

性は下品なものなのか

ヒル博士: どうして性は一般的に下品なものと見なされるのでしょうか?

悪魔: それは人間の性を扱う方法が下品だからだ。性自体は下品なものではない。性を下品にしているのは、性衝動をコントロ-ルし正しい方向に導くことをおろそかにしている人間自身なのだ。

この部分を読んだとき、僕はまさにその通りだと思いました。

人間の性を扱う方法が下品なゆえに、ほとんどの人が性について悪いイメージを持っているということです。

特に僕が性をおとしめていると思うのが、インターネット上に広がっているエロの類い。

こういうネット上に限りなくあるエロのせいで、性に対してマイナスイメージを持っている人は多いのではないでしょうか?

 

ポルノ動画、YouTubeに挙がっているエロ関係の類い、エロ画像、エロ広告などなど。挙げていけばキリがありません。

ネットにあがっているエロに関してはもう数えることもできないほど溢れています。

そしてそのエロの全てが男の性を異常に刺激し性に関してマイナスのイメージを与えていると、僕は思わざるを得ないのです。

 

恋愛関係を完全に無視したありえない展開でのセックスの持ち込み方。

女は常に異常性欲に駆られていて、色んな男といつもセックスしたがっているという誤解を招くような描写。

女と男は出会ったらすぐにセックスの欲に駆り立てられ、行為におよぶというありえない描写。

男は自分のいちもつが大きくないといけないという刷り込み、男をさげすむような言葉での責め。

男はポルノ、グラビア、エロなどを視覚情報として手にすることが当たり前となっている風潮。

童貞男はダサくてキモくて、童貞という理由だけでその男に男としての価値はないという刷り込み。

ポルノの映像でしか興奮できなくなる男も現われ、実際のセックスで勃起できなくなるという被害。

 

ポルノはあくまでファンタジーであって、性教育を目的とはしていない。

AV出演者のそんな発言がニュースに載っていました。

性教育が浸透せず「教科書化」されるAVに、出演者達が物申す

 

この記事のAV出演者たちによると、AVはフィクションでありエンターテインメントとして楽しんで欲しい。

人に見せるセックスと、プライベートで行うセックスは全く違う。AVはセックスを誇張するもの。

 

さらに18歳以上しかAVを見れないことについては、

AVをまだ物事の分別もつかない13歳とかで見てしまったら「これが全てだ、セックスはこういうものなんだ」と信じ込んでしまう、とも発言していました。

僕はこの年齢制限についてのAV出演者の発言を見たときに、なんて無責任な発言なんだろうと思いました。

今や誰もがネットに繋がることのできる時代。情報革命の時代。

13歳とかの子供でも、自分のスマホやパソコンを持っていても珍しくもない時代。

自分のスマホを持っていなければ、親のスマホを借りることもできるでしょう。

しかもエロサイトの年齢制限なんて、もはやなにも制限されていないと言ってもいい。

AVを無料で見れるサイトなんて無限にあるし、現に年齢確認なんてせずとも簡単にエロ動画を見れてしまう。

思春期で性に目覚め始める頃の子供達が、そんな大切な時期にエロサイトに辿り着いてしまったら。。。

性に興味が出てくる時期に、エロを検索しないでおこうという自制心が働く子供は少ないのではないかと思われます。

年齢制限なんてもはや何もなされていないのが現状なのに、「子供達がAVを見るのは危ない」と危険視するAV出演者の発言には、矛盾と嘘で溢れた心情しか読み取ることができません。

 

そして記事の最後にはこんなコメントもあった。

この手の記事を読んで「性教育の充実よりも、悪影響を及ぼすAVを規制するべき」と言い出す人がいる。
しかしそれは明らかに間違いだ。テレビのバラエティや映画の犯罪シーンなどは、いたずらやいじめ、犯罪の手本にもなり得る為悪影響を及ぼす恐れもある。しかし多くの人は「真似したらいけない見て楽しむもの」と認識しているから放送している。
それはモータースポーツも格闘技も同じだ。スピード違反を煽る側面、暴力を煽る側面もあるが、不謹慎とか不適切とはならない。
それはAVでも同じで、この記事が指摘するように、ファンタジー・フィクションと認識出来るような教育が重要である事に変わりはない。

これについて僕が思ったことは、おそらくこの人はAVについての有害性を何も認識していないのだろうなということです。

 

上のコメントのように、AVを誰もが真似すべきではないフィクションとして、みんなが認識したとしよう。

そして皆がそれを認識したうえなら、AVを見てもOKというのが上のコメントです。

 

でもハッキリ言ってそれは、AVというものの危険性を全く考慮にいれていない人の意見だと思った。

AVは、映画・テレビのバラエティ・犯罪シーン・アニメ・禁煙・禁酒・麻薬禁止のCMなどと一緒にすべきものではない。

なぜならAVはそれを見るということ自体が、その視聴者の精神面、恋愛面、人格面、健康面、あらゆる面において害をもたらすことが実証されているからだ。

AVを見ることによる脳へのダメージについては1番大きなダメージだろう。

つまりAVを見て何かを学ぶという以前に、AVを見るだけで僕たちは何かしらの害を受けているのだ。

AVはフィクションであり、真似すべきものではないと認識するしないに関係なく、AVはそもそも見るべきものではないのだ。

 

というかそもそも間違った性のイメージを社会に植え付けている張本人(AV製作に関わる人たち)が、性について正しい知識を教えようとしているということに、僕は怒りと疑問を感じざるを得ない。

それは例えば、人を騙してでもお金を稼ごうとする詐欺師たちが、お金について正しい知識を教えようとするのと何ら変わりない。

こんなことのどこに説得力があるのか、僕にはまったく理解ができない。

 

そしてこの議論の記事を読んでみても、AVについての悪影響は一切書かれていなかった。

それを考えると、ここで行われた議論自体が全く意味のない、AV産業がただ自分たちのイメージアップを図っただけとも思われる。

AV産業が自分たちの存在をアピールして、AVをもっと世の中に浸透させようとしている意図もあったと思わざるを得ない。

 

人間は性欲を満足させてはいけないのか

ヒル博士: 人間は性欲を満足させてはいけないのですか?

悪魔: そうではない。性に対する衝動は、人間が持つ他の力と同様に理解し、コントロ-ルし、自分の役に立てるべきものなのだということだ。

自制心を持った人間は性の衝動をコントロールし、別のより建設的な活動に転換することを学ぶのだ。

性欲を満たすこと自体は悪くはない。大好きな人とセックスするのは幸せな時間の1つです。

でも性に溺れ性欲を満たしすぎれば、それは人の自制心を限りなく奪っていく。

それはセックスであっても過剰にしてしまえば、性のエネルギーが浪費されていくことになります。

 

性欲がもともと強いと感じている人は、定期的にどこかで性欲を性欲として発散させることも大切だと思う。

それは例え彼女がいない状態だとしても、ある程度は仕方ないと考えた方が良いと感じています。

僕は性欲が強めなので、新オナ禁ルールで書いているように、1か月に1回風俗でセックスすることにしている。

そしてそれ以外では性欲を性欲として発散することは意識的にしないようにしています。

意識せずともできるように、早く完全に習慣化していきたいものです。

 

だけど、性欲を満たす手段としてポルノ閲覧というのは本当に止めた方が良い。

それが例えば1か月に1回のポルノ閲覧というごく低い頻度でも止めた方が良いと、僕は感じています。

その理由はやはり、ポルノに関しては見るということ自体が悪影響だからだと実感しているからです。

ポルノ閲覧に関しては、性を発散させていると言うよりは、性を搾取されていると考えた方が良いかもしれません。

『マンガで分かる心療内科 依存症編』ポルノ依存症の恐ろしさ

 

性に溺れるとどうなるのか

ヒル博士: 性に溺れるとどうなるのでしょうか?

悪魔: 最悪なのはそれが人間の持つ最大の活力を使い果たし、創造力を無駄に浪費するにもかかわらず、その代償として何も生み出さないことだ。

これは非常に頷けます。なにしろ僕自身が体感したことなのですから。

どの程度から具体的に溺れるという定義があるわけではありませんが、少なくとも僕はポルノという作られたエロに溺れていたと感じています。

 

さらに性に溺れるてしまうことで起こってしまう、こんな記述もあります。

悪魔: 性に溺れると、魅力的で好ましい個性を作り出す磁石のようなエネルギーも失わせる。

人間の目から輝きを奪い、声には不快な響きを持たせる。

そして情熱も、野望の火も吹き消して、あらゆることに流される人間を作り出す。

磁石のようなエネルギーなど、ちょっとスピリチュアルに感じた人もいるかもしれません。

エネルギーなんて目には見えないし、体感的にもよく分からない部分がありますからね。

(僕はこういうスピリチュアルな話もかなり好きなんですが。。。)

 

でも僕自身この記述についても、高校生の時にすでに体感してしまったんですね。

人生において何かかけれるもの、成し遂げたいという情熱なんて何も持っていませんでした。

大学受験合格という1つの目標じみたものがあったのですが、それも今思うとただ「皆が受験するから」という周りに流された結果です。

具体的に自分で何がしたいか考え行動し「この大学に行きたい!」という情熱から勉強をしていたわけではなかったです。

 

魅力的で人に好かれるような個性なんてのも、これっぽっちもなくなってしまいました。

それはおそらく、ポルノ見過ぎによる性欲満たしすぎ状態からくる自己否定感、自己嫌悪、自信喪失。

そういう負の感情が全て相まって、僕という人間から正の部分をとことん奪われていったのでしょう。

結果、僕の高校時代の大半は負の自分で過ごしていたということになります。

そんな状態で人と楽しく過ごしたり、色んな人と関わりたいと思える方がおかしいくらいです。

当然ながら目なんて一切輝いていなかったですし、人生に失望し、死んだ目で日々を送っていました。

ポルノによって全てのエネルギーを奪われていたのだと感じています。

 

性衝動をコントロールできたらどうなるのか

ヒル博士: 性の衝動をコントロールし、適切に転換できたらどんなことが起こるのでしょうか?

悪魔: ・身体機能を維持するのに必要なエネルギーを神経系に供給する

・人間に互いを惹きつける磁石のようなエネルギーをもたらす

・声の響きが素晴らしくなり、どんな感情も豊かに伝えられる

・創造力を刺激し有益なアイデアを生む

・人生の目標に対し、根気と粘り強さが生まれる

・あらゆる恐怖に対する解毒剤となる

・怠惰と先延ばしに対処できるようになる

・どんな反対や敗北にも負けない強いからだと精神力が与えられる

一言で言えば、性衝動をコントロールできた者は勝者、できないものは敗者となるのだ!

これが俗に言うオナ禁効果なのでしょう。

オナ禁効果があるかないかは、そもそもその人がどれだけ過剰に性欲を満たしていたかにもよるでしょう。

性欲を過剰に満たしていた人がポルノ閲覧を止め、性欲をコントロ-ルできるようになれば、オナ禁効果はすさまじいものがあると思います。

逆に、ポルノなんて見ないことが当たり前、性欲もコントロールできているという人は、そもそもオナ禁効果を得ることはないのではないかと思われます。言い方を変えれば、もうすでにオナ禁効果というのを何も意識せずとも体感しているのだと思います。

 

僕はオナ禁効果に期待してオナ禁をしているわけではないですが、やっぱりオナ禁効果はあります。

僕自身、ポルノに溺れて過剰に性欲を満たしていた人間なので、それだけオナ禁効果も実感しやすいのでしょう。

 

オナ禁をしていて1番感じるのが、精神的にめちゃくちゃ気持ちよく過ごせるということです。

自己否定感、自信喪失、自己嫌悪の感情は一切なくなると言っても良いかもしれません。

その3つの負の感情はポルノ閲覧によって受けていた悪影響だから、ポルノを手放せばなくなるというのは、ごく自然なことだと感じています。

 

ただ、僕自身まだポルノを完全に手放せたとは言えないのも事実です。

このブログを書きつつも見てしまうときがありました。(現に昨日、ふつうにポルノを見てしまったのです。なんたる不覚)

そして思うのが、僕にとってはポルノは存在しないというのが当たり前・ふつうの状態にしていかないといけない。

自分の人生においてポルノを完全に手放さないと、僕はいずれまた自己否定感や自信喪失に駆られて、全ての面において負の影響、悪影響へと繋がってしまうことが分かっているから。

ポルノが世界中にはびこっている・男なら誰もがポルノを見るのが当たり前の時代で、ポルノを人生から完全に手放すというのはある意味、異端者なのかもしれない。

でも僕にとっては、ポルノという存在自体がおかしいし、そんなものを見て1人でせっせとオナニーすることが異常なのだ。

 

僕はそんな悪習慣を早く断ち切って、もっと生産性のあることや自分のやりたいことに全力を捧げたい。

その過程でポルノというのはどうしても妨げになってきてしまう。

だから僕にとって、ポルノを完全に手放すというのはごく普通のことにしていかないといけない。

自分が歩んでいく道の途中で、いつもいつもポルノに邪魔されるわけにはいかないのだ。

 

性衝動と思考、エネルギー源は同じ

悪魔: 人間にとって最も重要なのは正しく考えるということだ。正しく考えるためには、性への衝動をきちんとコントロ-ルし、それを正しい方向へ導かなければならない。

なぜなら人間が思考するときに使うエネルギーは、性衝動と同じものだからだ。

思考と性欲。この2つのエネルギー源が同じだということです。

もしこれが事実なら、性欲をコントロールできていない人は、正しく考える(肯定的な思考)ことができなくなっているということ。

そして正しく思考できていない人(常に否定的な考えに支配されている人)は、性欲をコントロールできていないということです。

 

性欲を浪費することで、エネルギーをなくす。正しく思考しないこと(否定的な思考)で、エネルギーをなくす。

思考と性衝動のエネルギー源が同じだと言うことは、この2つは繋がっている。

どちらかが悪い形で使われてしまえば、もう一方も負の連鎖で悪い方向へ繋がってしまうというわけです。

 

これも僕自身の体感からすると、事実なのではないかと思わざるを得ないです。

僕の場合はポルノ閲覧によって過度に性欲を満たしている時期がありました。

そしてその時期の僕の頭の中は完全に否定的なもので埋め尽くされていました。

自己否定感、自己嫌悪、自信喪失、絶望感など。

もう自分はダメだ、俺は一生彼女もできない、人と関わるのも嫌だ、何をしても続かない、生きている意味もない。

人と喋っていても何も楽しくない、男としての魅力も何にもない。

おおげさかもしれませんが、ほんとうにこれでもかというほど否定的な思考でした。

 

僕の場合はポルノ閲覧で過度に性欲を満たしていたせいで、正しく考える(肯定的な思考)ができなくなっていたようです。

 

まとめ

僕がこの記事で最後に伝えたいことは、AV(ポルノ)が有害なものだとしても、今後もなくなることはないということです。

それはタバコや麻薬が有害だと分かっていても、社会からなくならないのと全く同じことです。

麻薬はともかく、タバコやポルノが経済を回しているという現状。タバコやポルノが世の中に溢れかえっているという現状。

 

特にポルノに関してはネット上に無限に溢れているので、おそらく誰も対処できないし、対処したとしてもポルノ産業はあらゆる手を使って規制をかいくぐり、ネット上に存在し続ける。

 

まして今はネットに誰でもアクセスできる時代。

AV(ポルノ)産業はそれを巧みに利用し、さらにAVを進化させていくということも充分に考えられます。

現に最近は視覚だけではなく、聴覚からもかなりの刺激を与えようとしていますからね。

VR(バーチャル・リアリティ)というヤツですね。

VRとは人間の感覚器官(視覚、嗅覚、聴覚、触覚など)にはたらきかけ、現実ではないが実質的に現実のように感じられる環境を人工的に作り出す技術の総称。

VRの技術は実際にもうすでに、AVに取り入れられています。

もしかしたら近い将来、実際に画面に映っている女のにおいがするAV、画面から女が飛び出してくるAVなんかも出てくるかもしれません。

そうなったらますますAVに依存気味になる人が増えていくだろうと考えられます。

 

そして僕が思うに、いくらこのオナ禁ブログでAVの危険性・有害性を語ろうが、結局見る人は見るということ。

・AVを見たいと思っていて、実際に見ている人

・AVを見たくないと思っているけど、脳内麻薬が働き、見たくなってしまう人

・AVを見たくないと思っており、実際に全く見ない人

おそらくこれからはこの3つのタイプの男に別れていくでしょう。

そして1番しんどい思いをするのが2つめのタイプの男たち。

心の中ではポルノは有害、見たくないと分かっているのに、刹那の快楽を求めてポルノを見てしまう男たち。

 

ここで鍵になるのが習慣化だと僕は考えています。

どんなことであっても習慣化されれば、それはその人を形作っていきます。

マイナスの習慣はマイナスの習慣を呼び、プラスの習慣はプラスの習慣を呼ぶ。

マイナスの習慣はその人をどんどんマイナスへ追いやり、プラスの習慣はその人をどんどんプラスへ押し上げてくれる。

 

習慣化については、僕はこの2つの本を人生のバイブルとしています。

ぼくたちは習慣で、できている

スライトエッジ

この2つの本から学べたことは僕にとっては一生の財産です。

オナ禁や他の良質習慣を築こうとしている人には、絶対に助けになってくれる2冊だと僕は確信しています。

 

ポルノに関して言えば、完全に見なくなるためには少なくとも1ヶ月は離れる必要があると思います。

1か月も経てば脳から今まで見てきたポルノの映像がかなり消滅してくる頃です。

3か月も経てばもうポルノを見たいとも思わなくなると思います。

脳が忘れるという機能を持っていることにほんとうに感謝です。

脳が全ての出来事を保存できるという機能を持っていたら、どんなに恐ろしいか、ゾッとします。

それは今まで見てきたポルノの映像が消えないことを意味するのですから。

 

そして僕自身まだポルノから完全に脱却できたとは言えないので、自分の手で証明していこうと思います。

その経緯については「ポルノから離れて〇日目」シリーズの記事を作って、このブログで書いていきます。

何日目まで書くかは分かりませんが、少なくとも自分が完全にポルノから離れられたと実感するまでは書いていこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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